2008年04月27日
新聞のユーザビリティ
新聞を読みながらいつも思います。
レイアウトに関してですが、半分の閉じた状態で上から下に読んでいくと7段目が表面と裏面にかかっているので、そこを読む為には新聞を開かないといけないのです。
お皿がところ狭しと並んだテーブル上で読んでいる時(食事を食べる時新聞を読むことより会話に集中しましょう)、いちいち開かないといけないのは非常に面倒です。
なんとかならないのでしょうか。
2008年04月26日
三瀬峠の渓谷
夜明け前に出発する予定だったが、前日に朝四時まで仕事していたのがたたり、結局6時半に出発。
8時前には河に入り、上流に向かって上り始める。
かなり険しい渓谷で、川上の状態が把握しずらかった。また川上から向かい風が吹いており、フライをポイントに正確に落とせないかった。
川の魚を驚かさないように、まず上流に進み、川を下ることにした。川から高さ10~20Mぐらいの位置から川を見下ろしながら上流に進んだが、気分は憂鬱になった。
(1)一段高いところからの流れ込みがある最高のポイントの半分は倒木によってキャストできない。
(2)倒木がなくても木の枝、岩等によってキャストできない。
手入れをされてない日本の渓流での釣の難しさを改めて実感した一日でした。
また、滝や両岸が岩のところなど、次のポイントにいくために大きく斜面を登り迂回をしたりして、時間的には
釣10%、トレッキング(しかも危険な)90%
という感じでした。無事に帰ってこれて本当に良かったと思うほど転落の危機が5,6回ありました。
それで釣果は稚魚が一匹。
今も体中の筋肉と関節に疲れが残っている。岩、つる、木などを竿を持ちながら伝って歩いたので、特に手の関節が痛いです。
もう次は外国かな・・・川に入って「釣をしている時間」が90%で、竿をぶんぶん振り回せて、最低5,6匹は釣れる・・・そんな川がいいです。
日本の渓流に対するモチベーションがさがった一日でした。
2008年04月24日
期待されているよりも少し多めに行動しよう
物事に全力で取り組む事は大切なんだけど、全速力で長距離を走る事はできませんね。
それに貴方の人生はとても忙しいだろうから、きっと多くの人からくる要求を満たさないといけないと思うので、一つの事に配分できる時間はおのずと少なくなっていると思います。
満足度というのは、期待をどれだけ超えたことをしてあげたかによってきまります。絶対的レベルがあるのではなく、期待度は人によって違うので同じことをしてあげても満足度はばらばら。ある人は不平つらつらである人は大喜びします。
継続して満足を与える為には相手の期待度を明確に把握し、常に少しだけそれを超える努力をしてゆくのがいいと思います。
自分の目標に対してもハードルを少しずつ上げていけば、いい気分で自信もついてきますよ。
2008年04月23日
地獄の研修
昨晩カンブリア宮殿でアルプス技研の松井顧問の特集を見ました。
登録型ではなく正規雇用型で技術系の人材派遣をしている会社です。
社員には一風かわった研修を課していました。
新人社員研修のプログラム内容:
1) 大声でさけぶ(挨拶等)練習
2) 内観
3) ビジネス10か条の暗唱
一風変わった研修内容ですが、20年前の日本企業、特に営業分野では普通に見られました。
この手の研修が廃れていったのには理由があるのでしょうが、アルプス技研のような社風を持つ会社がが今後も躍進すれば、このような研修も再度流行ることも考えられます。
廃れた理由としては、プログラムが宗教や洗脳を連想させるとともに、ストレスの高い「自己変革」が外部から強制されることにあるのではないかと思います。
<大声で叫ぶ>
大声で叫ぶことはやり方さえ間違えなければ多くのメリットがあります。叫ぶ内容に関わらず、感情が自然と高ぶります。感情を抑制している現代社会では人間であることを取り戻す良い方法です。
叫ぶ内容に気をつければ(「ばかやろう」vs「ありがとう」)、気分が良い方向に高揚してしまいにはエクスタシーの領域に入る事も可能です。
また、叫び方にも気をつければ、丹田から元気があふれ出し、精神的にも非常にすっきりします。
そもそも、士気が高い組織の人間は声の大きさと比例します。声が大きいから士気が高いのか、士気が高いから声が大きいのか、相乗効果があるようです。
しかし、最近の社会は大声を出すことが奨励されていません。
私なんか、廊下で歌を歌っていても、妻から「ちょっと、ご近所さんの迷惑になるからっ、シーッ!」とたしなめられます。ひょっとしたら、「あら、素敵な歌声ね」、と思われているかもしれないのに・・・です。
<内観>
自分の過去を振り返り、ただあったことに意識を集中する。
この内観のプロセスは自分にフィードバックを与え、自分に変革をもたらすよい機会になります。
昔は誰もが宗教儀式を行っていたので、日々の祈りの時間や、週行事、年行事に自然とこれを行っていたのですが、近代人は宗教儀式から遠ざかりつつあります。
流されて生きたまま、気が付くと定年だったというような感じです。
どんなに忙しい人でも、これを1日に10分、1週間に1時間、1年に1回5日間ほど時間をとって行うのが理想だと思っていますが、なかなかできないのが実情です。
<十か条暗唱>
別に10個でなくてもかまわないのだが、基本理念となるものを言葉として体に同化させるのは良い事だと思います。しかし、今は個が力をつけてきた時代なので、会社の十か条の押し付けよりも、個人個人に理念の管理(作成、承認、暗唱)指導を行ったほうが良いのではないかと思いました。いわゆるPersonal Mission Statement というものです。
とりあえず、廊下で歌ぐらいは自由に歌えるようになりたいです。
ウパ
今日から2年半自粛していた柔術へ復帰する為準備をすることにしました。
準備なんていわないでいますぐ再開したらよいのですが、来月次男が生まれるので、その後の復帰を目論んでいます。
ウパとはマウントされた状態から逃げる技。
テレビでみる総合格闘技ではマウントされたら上からボコボコにされて終わりなのですが、打撃なしの柔術では相手にもよりますが、逃避できる確率があります。
2008年04月22日
ビジネスアイデアに情熱をもてること
何もないところから価値を生み出すシステムを創ることは本当に難しい。
「やめたい」と思うような苦難には必ず何度も遭遇するもので、「儲かる可能性がある」だけでは続ける事ができません。
もしもアイデアに情熱があれば苦難を乗り越える力になります。
情熱といっても、個人として情熱を持てることは限られているのではないでしょうか。また個人の欲求が原動力になっている場合、あきらめるのも簡単です。自分さえ「やめた」といえばよいのですから。
ビジネスにおける情熱とは戦争などにもよく用いられるけど「大義」のようなものではないでしょうか
「今は社員もおらず、お金もないけど、この事業の生み出す価値は多くのお客様に喜んでいただける」
そのアイデアが本質的に価値を生み出すものであり、その気持ちをお客様と共有することができれば、創業は成っていくのでしょう。
創業期メモ
会社を始めてそろそろ3年。まだ誇れるような実績はありませんが、失敗はたくさんしてきました。創業期に学んだことを忘れないように記す創業期メモです。
2008年04月21日
比較優位論と食糧安全保障
日本の食糧自給率は40%。農産物に関しては輸入高世界1。
米に関しては政府が米農家から国際市場より高い価格で買い取り、国内農家を保護しています。世界からは「米」市場を開放して国際的に安い米を受け入れなさいと圧力をかけられていました。
米市場の開放については意見が2つのグループに分かれまます。
1つめのグループはリカルド信奉者:それぞれの国がが生産効率の高いものを生産し相互取引をすれば、みんなが豊かになるという「比較優位論」をベースにした考え。
2つめのグループは食糧安全保障論者:様々な理由で食料輸入先から調達ができなくなった時の為に最小限の自給能力は保有しておくべきだという考え。
一昔前までは国内でも米市場開放論が多くみられました。比較優位論は理論的にすっきりしますが、輸出入税をかけない、補助金を出さない、という前提があります。もちろん、そんな国はありません。
しかし、海外諸国では最近「輸出税」なるものを自国農家に負荷し輸出を抑え、国内の穀物価格が国際価格につられ引き上げられないようにという政策が相次ぎ施行されています。穀物のうち、米、小麦、とうもろこしに関してはそれぞれの文化における食の基本です(アジア=>米、欧米=>小麦[パン]、メキシコ=>とうもろこし[タコス]等)。また、とうもろこしと大豆に関しては調理に欠かせない食用油の主原料です。国民が普通に食事をできなくなるほど価格があがっているいのだらから大変です。
穀物国際市場価格が数倍に跳ね上がった現在では比較優位論はすっかりなりをひそめています。
とはいっても国内スーパーの生鮮売り場での価格が数倍になっているかというとそうでもない為、消費者としては値上がりは実感しても「食料危機」を実感するまでにはいたっていません。
振り子は常に動いており、いつかは極端にふれます。輸出先から食料を輸入できなくなったら・・・国民総動員で自宅の庭や裏山で畑を耕す、そんな時がくるのかもしれません。しかし、振り子は戻りますので、長期的には比較優位論と食料安全保障の均衡点のあたりを前後するのでしょう。
食料に対する需要は増加傾向にあり、中国、インドのあとにもこれから豊かになる国々が控えています。今後も価格上昇は避けられず、農家が生み出す価値は他の産業と比較して高くなっていくのでしょう。
2008年04月18日
複製iPhone
空港行きのリムジンをホテルロビーで待っていたときの事。
体育会系のさわやかなお兄さんが僕の左側に座り、ひじを軽くコンと触れた。
iPhoneをおもむろにバックパックから取り出し、低い位置から明らかに他人にみられないようにこちらにちらちらと見せてくる。
「なんだろう、H画像を人に見せて喜ぶ変態かな・・」
と思いながらみていると、iPhoneの色んな機能を披露してくれる。写真を撮影したり、WIFIでブラウズしたり。
ははーん、わかった。そのiPhone僕に売りたいのね・・・
少しはなれたところに数名立っているホテルマンたちを非常にきにしているところから、ホテル客をねらったiPhone複製品販売のお兄ちゃんだとわかった。
「もってるからいらない」といってみたところどうも通じないのかしつこいのか、今度は電卓の機能を出して1800元でどうだという仕草。
複製品なのに1800は高いなと思いながらも無視した。多分落としどころは400元ぐらいではないか。
様々な大量の複製品を作りながらこの国の低中級技術者層は急激に実力をつけてきている。
2008年04月16日
大陸の香港人経営者
今日は香港の友人と会った。そのときの話。
シンセンの衛星都市でアメリカ向けのプラスチック製コップを専門としたのインジェクションモールディングの工場を経営している。2年前に経営していた父がカナダで引退をしたので、その後会社を引き継いでいる。社員は130人で、殆どが併設されていた寮に住んでいる。
3食のまかないつきで一般行員は8人部屋、管理職は1人部屋を与えられていた。労働者は殆どが湖南省出身者。5年前は800元だった月収が今は残業代も含めて1300~1500元に跳ね上がっている。 今年年初からある規制が施行され、労働時間は1日8時間、週休2日を遵守させないといけない。オーバータイムは1.5倍、週末労働は2倍の賃金を払わなければいけない。それに加えて原材料が約10%値上がりし、最近ではドルが8.2から7元に上昇した為、昨年契約した商品に関しては殆ど赤字がでている。
家族が香港にいる彼は週3日を中国で過ごす。最近は中国の経済、産業が対香港でかなり成長し、香港人は以前のように大陸では一目おかれなくなったと嘆いていた。
2008年04月11日
愛と犠牲と疲れ
自分の行為をあえて3つに分けてみる。
1.自分が愛すること
2.自分が愛している人のためにすること
3.その他
ここで問題にしたいのは(2)。
時間は有限なのだから、自分のしたいことをさしおいて、愛する誰かの為に行う行為は犠牲を伴っていることになる。
ところが愛する人のために行う行為が自分がしたい事でない場合、疲れを感じる。やりたくない事をやっているがために当りまえだ。
しかし、本当に愛している人の為に行動することは疲れではなく喜びにつながらないか。疲れているということは本当は愛していないのではないか、という疑問がある。
例えば、今出産を再来月に控えて、身重な妻から仕事の帰りに買い物を頼まれる事がある。愛する妻の頼みなのだからもちろん引き受ける。しかし、心の奥深くでは大好きな仕事を30分削られる事にたいするストレスがある。
ここで思うのである。「僕の妻への愛はどれほど本物なのだろう」と。
それとも、他人への愛はそもそも自己犠牲をともなうもので、これが普通なのだろうか。
2008年04月10日
入園式
今日は通勤途中、制服姿の子供と正装した母親が一緒に歩いている姿があちこちにみられた。
入園式なのだろう。
子供の服よりも親の着物姿が際立つ親子もいた。入園式という社交場参上のためか、式の後の写真撮影のためか。
いずれにせよ、正装の機会は日常の退屈にいつもとちがった緊張を与えてくれる。
さあ、明日は何を着ようか・・・。
朝の挨拶
朝アパートのゲートの清掃員の方に「おはようございます」と挨拶をした。
「おはようございます。お気をつけていってらっしゃいませ。」
小さい頃父が会社に出かけるときにおばあちゃんが正座して三つ指を付けて見送っているのを思い出した。
少し心が温かくなった。
知らない人には挨拶をしないのが普通になってきた最近。
いかにも挨拶をしたくないかのように顔をしかめてうつむきながら歩いていく人も、挨拶をすれば一応返事は返してくれる。
みんなが挨拶をし合えば少しは人間味が出る社会になるのだろうか?
そういえばNYの道端で挨拶してくる人は、挨拶の後にお金を要求する手がでてくることが多かった。
サブプライム(3):建設業界への影響
サブプライムは住宅ローン債権問題なので、主に金融の分野でとして取り扱われていますが、住宅を建てる建設業界への影響も大きい。また、証券とはあまり関係がない地銀なども貸し倒れリスクが高まっています。
住宅ローンの金利が上がり、住宅購入意欲がなくなった
↓
住宅開発会社が建てた家やコンドが売れなくなった
→建設費用を借り入れている銀行に返済ができない
→地銀が貸し倒れで苦しむ
→仕事を請け負った下請けに渡した手形が決済できない
→孫受けはもちろん支払を受けない
→連鎖倒産
→大量解雇→ローンを払えず住宅を売る
→不動産投資目的で購入されている住宅は
→下落への恐れや利息支払に当てる為売りがさらに進む
→供給が多くなり不動産価格はますます下がる
不動産が購入されないと、自動車の売上げが下がり、自動車業界の業績は下がります。米国では「引越しをすると自動車を購入する」のです。理由は2つあって、一つは新居購入をする際、その他の支出もあいまって、高額商品購入のためのお財布がゆるくなります。二つ目はホームエクイティローン(HEL)といって購入した新居の価値を抵当に購入資金を借りる事ができるのです。
不動産価格が下がる
→借り入れる事ができる額が少なくなる、もしくは全く借りれない
→過去に抵当にいれた不動産価値がなくなっているので返済をせまられる
↓
車が売れない
堅調に成長してきた米国の自動車業界は売上前年割れが2年続いています。不動産価格の下落が続くと売上げは益々落ち込む可能性があります。業界規模が収縮する時、設備資本が大きい会社は身動きが取れなくて大変です。
2008年04月09日
サブプライム(2):低所得者層の苦難
「アメリカがクシャミをすると日本が風邪をひく」とよく言われていました。というより、アメリカに商品やサービスを売っている国はほとんどが風邪をひくのです。サブプライム問題ではその感染経路が複雑で一本の線で結ばれた単純な論理では説明するのが困難です。それでは考えられるいろんな産業や業種をめぐる感染の旅のはじまりはじまり。
→ 1.多くの住宅ローン債務者が返済できなくなった
↑ ↓
↑ 2.返済利率が上がり、返済額が上がる
↑ ↓
↑ 3.返済できない債務者が増える
↑ ↓
←←
で返済できない人がどんどん増えていった。 すると
ローン返済をしないと家を差し押さえられる
↓
これまでも無理して払ってきたので貯金もない
↑ →同時期に偶然仕事を失った人はホームレスに
↑ →これまで家を担保に借り入れておこなわれていた消費が減少する
↑ ↓
↑ モノ・サービスへの需要が減る
↑ ↓
↑ 企業の収益が下がる
↑ ↓
↑ リストラが進行する
↑ ↓
↑ 収入がなくなる
↑ ↓
↑←←
このように、現在アメリカの低所得者層では多くの人達が経済的危機に遭遇し苦しんでいます。
2008年04月08日
サブプライム(1)
約1ヶ月半前、あるごく親しい友人と食事をした際にサブプライムに関する相談をされた。
彼は資産の殆どを外銀で運用していて、その銀行はその日の新聞に次の決算で1兆円程度の損失を出すと発表された。
「私の銀行は大丈夫かね・・・僕は英語が読めなくて」
確かにプライベートバンカーはクライアントに対し
「そうですね、私の銀行は少し危ないですね」
とは言わないだろう。かといって誰にでも相談できる内容でもないのは確か。
「今期はだいじょうぶじゃないですかね、前回の決算書を見たところ、この銀行の収益は殆ど富裕層の管理サービスから上がってますし、全体に占める債権関連は小さな割合ですから」
ここで大事なのは「今期は」ということ。わからないのは損失がこれ以上拡大するのかしないのか。
サブプライム問題は今まで起きた金融問題に比べ影響の幅が広く、頭の中を整理したくなった。
というよりも本当の動機は、僕のささやか資産の殆どはアメリカで運用され、しかもドルベース。
株安及び円安で資産価値は急減。運用は長期ベースなので、急な売り買いをするつもりはないが、現状把握だけでも、少しの心の慰めになるだろう。
2008年04月06日
潮干狩
今日は仕事を5時半に切り上げて潮干狩り。
グッディで熊の手を購入、凱登をピックアップし室見川に向かう。干潮から4時間おくれていたその時はすでに潮が満ちてきて、最悪なことに川に下りる階段がない。
収穫した獲物を荷物にまとめて帰ろうとするプロの貝とり職人に川にどうやっておりるのかを聞いたところ、みんなはしごを持参するという。
一人ならともかく凱登をつれて降りるのは危険と判断。が、ここで凱登をがっかりさせるわけにはいかない。
結局これも潮が満ちてきている自宅前のビーチに二人ですわり半信半疑で「さぁ、貝をとるぞ、いるかな?」と彫り始める。
やっぱりでてこない。
というか、ここでは毎日百人単位で潮干狩り客と業者が専門器具で貝を取りに来ているので、貝が残っているとはとても思わなかった。
と、そこへ「あった!」と凱登。
正真正銘の生きている貝だ。
「オー凄い」と僕。なにせ潮干狩りは多分25年ぶりぐらい。
それから彼は何度も見つけた。
よくみてみると彼は掘ってるのではなく、波で打ち上げられた貝殻の中から生きている貝を探していた。
いくら掘っても貝にお目にかかれなかった僕も同じ戦略をとることにした。
波打ち際に立ち、上から水面下を眺める。波で動いているのはほとんどが貝殻なのだが数千個に1個の割合で、(1)動きが遅い、(2)ころころと転がる という特徴の貝を捕まえてみると約3分の1の割合で捕らえる事ができた。

教訓:
1)大きな流れにはのらないといけない(打ち上げられる貝を探すという人の行為を真似て独自の砂堀という行為を捨てるのは少し悔しかった)
2)法則性をもって努力して探せば、有用な情報は見つかる
