2007年05月29日
ミス・ユニバーシアード
妻: 「ねぇ、日本人がミス・ユニバーシアードで優勝したんだって。」
僕: 「・・・」
2007年05月28日
「接客の瞬間が消費」
接客業においては最前線にいる社員の接客の瞬間が”消費”、つまり消費者にとっての価値が生まれるときです。
- 星野リゾート社長 星野佳路
2007年05月16日
人の心には御仏と悪鬼が一緒に住んでいる
「殿はまだお若い。そなたが春の光でつつんでやらねばなりませぬ・・・
人の心にはのう、みな御仏と悪鬼がともに棲んでいる。悪鬼ばかりの人もなければ御仏ばかりの人もない・・・相手の心の悪鬼と交わってはなりませんぞ。それではそなたも鬼にならねばすまぬ道理じゃ。」
家康の父、松平広忠のもとに嫁いだ於大だが、広忠は前から側室だったお久の閨に通っていた。当然のことながら妬心を抱く於大に対して、広忠の母、華葉院がかけた言葉。
同じく、人間の心の御仏とのみ関われる人というのも、これまたいないのだろう。成果をあげるにはできるだけ御仏と関わった方がいいのだろう。
しかし、「幸せ」という観点ではどうだろう。やはり御仏とだけ関わるほうが良いのか、それとも多くの悪鬼と御仏とバランスよく出会うのがよいのか。はたまた数よりも大鬼や大神と関わるのがよいのか。うーん・・・「鬼と会いながらもその中に神を見出すことが大切だ」と華葉院が言っているような気がする。
2007年05月15日
徳川家康なんて読むな
高校生の時に読んだ本田宗一朗氏の「俺の考え」に
「いまは徳川家康とか孫子の兵法とかが、経営者の間で読まれているという。私はどうもこれはおかしいように思える」
というくだりがある。今読み返すと、知恵には
「見る」
「聞く」
「試す」
の3段階あって見たり聞いたりするだけでは知恵は浅いままだということが主旨なのだが、当時読んだこの箇所のメッセージを
「歴史人物書を読んでも役に立たない」
ととったまま、ずっとこの歳まできてしまった。
今年3月のある日実家に帰って、母に頼まれて父の書斎を片付けていたところ、徳川家康の全28巻の文庫本があった。1-8巻がなく、「父は8巻でギブアップしたらしい」と推測した。「徳川家康」というよりもあの「吉田松陰」を書いた「山岡荘八」ということで9巻を手にして読み始めたらちょうど明智光秀の台頭から「本能寺の変」で、時代にぐっと引き込まれれた。
結局1-8巻をアマゾンで購入。通勤バスとお風呂と就寝前の時間を使って読んできた。(ベッドで読書をしていつの間にか寝ている・・・僕が最も幸せに感じる一瞬だ) ただ一言、この人格と出逢えたことに感謝している。
折り目をつけたところを紹介していくコーナーとしたい。父の8巻を越せればいいが。
